日本の自動車産業の歴史は長い。しかし、日本車が本格的に普及したのは、ほんの数十年前、朝鮮戦争後(1950年代初頭)である。そして、アメリカは日本から原材料だけでなく、朝鮮戦争で動けなくなった軍隊のために必要な自動車などの完成品も買うようになった。1年足らずの間に、アメリカ人は日本で約12,000台、2,720万ドルという、当時としては破格の金額を購入したのである。日本の経済学者たちは、この状況を分析し、「朝鮮戦争は、日本の自動車産業の発展に強力な推進力を与えた」という結論を出した。
日本の自動車産業は、欧米のライバルメーカーに比べ、遅れて自前の車を作り始めたことがわかる。日本に初めて「自走式カート」が登場したのは、1898年、パンハール・エ・ルヴァソールがフランスから東京に持ち込まれた時である。この不思議な機械は、ガラガラ音を立ててガソリンを吐き出すので、最初は日本のリキシャや馬車を強く怖がらせていた。それでも、日本人は興味を持った。誰かが自宅のガレージで似たようなものを作ろうと思い立ち、ヨーロッパやアメリカの大陸から日本にクルマを輸入する人もいた。こうして、1901年に外国車の輸入を専門に行うモタセカイの自動車会社が初めて設立された。しかし、海外からの購入は少なく、日本の富裕層へのオーダーメイドが中心であった。